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沼津駅の地下通路

少年の頃(昭和20~30年代)

乗り物といえば船(竜宮丸)かバス、

それと ちんちん電車(駿豆鉄道島津線)で

汽車はせいぜい年に一度か二度位だった。

港町、沼津の街中では

船のエンジン音、ちんちん電車の音や

駅から蒸気機関車の短い汽笛が聞こえ

浜の匂いや魚を加工する匂いが漂い

駅前繁華街では流行歌が流れ

お菓子を焼くような甘い匂いが漂っていたが

沼津駅に入ると、

電車や蒸気機関車の音と匂いに

一瞬に掻き消され

まるで遠くの駅へ行ったようだった。

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沼津駅には乗り換え「跨線橋」と「地下通路」があった。

静岡駅でも「跨線橋」しかなかった時代だが

沼津駅は東海道線の拠点駅で

列車の入れ替え作業が頻繁に行われ

旅客の安全のためということもあるが

沼津御用邸があったことが主な理由だろう。

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両陛下や皇室の方々が御通りになった

白いタイル張りの立派な「地下通路」は

当時は東京駅くらいしかなかった。

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改札から階段で「地下通路」へ降りたところに

桃中軒の立ち食い蕎麦屋か土産物店があった。

正月などの冬の寒い日には

沢山の旅行者が

床に敷いた新聞紙や風呂敷に座り

列車の時間待ちをしていた。

etc・・・・・。

今も度々利用する沼津駅だが

「ホーム」も「地下通路」も

少年の頃と殆ど変わりはない。

思い出が詰まった沼津駅だ。

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一時停滞していた「高架化」の話も

近頃新聞に掲載されるようになった。

高架になればこの「ホーム上屋」も「地下通路」も

撤去されることになるのだが恐らく保存という

選択肢が発生するだろう。

「ホーム上屋」は解体し保存場所へ移設すれば済むことだが

「地下通路」は現在のまま保存するしか方法がないだろう。

保存するとすれば高架橋の柱が

「地下通路」を跨ぐ設計にする必要がある。

設計がが完了してからでは不可能となるので

「地下通路」保存を前提に高架化の計画を

行なう必要があるだろう。

 

 Photo : STYLUS1

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コメント

はじめまして。
沼津在住の三枝と申します。63歳です。
突然で申し訳ないのですが、写真の地下道部分が他の通路より階段数段分低くなっていますが、その理由を御存知でしょうか?
沼津図書館などで調べたのですが、下がっている理由がわかりません。おそらく皇室関係の事情だと思うのですが..
もし、ご存知なら教えて下さい。
以上、よろしくおねがいいたします。

投稿: 三太郎 | 2025年8月29日 (金) 03時50分

三枝様
乗換地下道が一番線下で段下がりしている理由は存じません。
段下がりさせなくとも通路として支障ないものと思われますが
頭上に圧迫感を覚えます。
推測ですが
天井が低いと皇室の方々に頭を下げる(頭を下げる気持ちにさせる)のを避けるためではないかと
推測しました。
余談ですが
通路の天井や壁から噴き出した地下水が段下がりした部分に溜まっていたいたのが記憶にあります。

投稿: 小生 | 2025年8月30日 (土) 17時23分

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