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廣隆寺に参拝。2017 晩夏(京都)

今日の散歩。

廣隆寺へでかけた。

JR「太秦駅」から

15分ほど歩いた「太秦」交差点前に

「廣隆寺」(こうりゅうじ)がある。

京福電鉄(通称:嵐電)「太秦広隆寺駅」なら

1分ほどの距離だ。

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「楼門」は

五叉路の「太秦」交差点前にあり

交通量が多い三条通りには

京福電鉄「嵐山本線」の

路面電車が通っている。

かっては太秦の中心部だったのだろう。

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楼門を入ると

境内から大勢の観光客の

騒がしい外国語が聞こえてきた。

楼門の仁王像を眺めながら

騒がしい団体の観光客が

掃けるのを待っていると

京福電鉄「嵐山行き」の

電車が通り過ぎた。

楼門を吹き抜ける風が涼しかった。

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掃き清められた境内は

寺院とは思えない雰囲気が漂っている。

広大な神社のようだ。

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境内には

国宝1号に指定された

「弥勒菩薩半跏像」をはじめ

国宝:二十点

重文:四十八点

文化財の宝庫だ。

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「太子殿」(本殿)は

楼門から150mほどある。

途中にある

「地蔵堂」と「講堂」(重文)に御参りし

「太子殿」(本殿)に到着した。

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先ずは階段を上がり

「太子殿」に御参りした。

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廣隆寺は

蜂岡寺(はちおかでら)秦公寺(はたのきみでら)

太秦寺(うずまさでら)などの別称があり

太秦廣隆寺とも呼ばれている。

渡来人系の秦氏の氏寺で

平安京遷都以前から存在した

京都最古の寺院だ。

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廊下には

多数の「奉納額」が掛けられている。

古い物は

字が擦れて読めないが

明治期の物が多いようだ。

組合組織の「奉納額」が多い。

寺の歴史が窺い知れる。

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何を意味するのか

「五芒星」の「奉納額」もある。

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「太子殿」に御参りの後は

国宝、重文が納められた

「霊宝殿」へ向かった。

入り口には

寺院には珍しい

石作りの「太鼓橋」がある。

 ※水は流れていない

ここから先は

神域ということだろう。

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「太鼓橋」を渡り

国宝「桂宮院」前を過ぎると

旧「霊宝殿」の前に

立派な掲示舎がある。

殆どの人は通り過ぎるが

ここには「十善戒」が掲示してある。

十善戒(じゅうぜんかい)とは

仏教における十悪を否定して戒律としたものだ。

読んでみると

当たり前のことが書かれているが

中にはつい忘れがちのこともある。

これを「モーセの十戒」と言う人もいるが

半分同じで半分違うというところだろ。

「十善戒」が作られたのは

江戸末期ということだから

「モーセの十戒」の影響が

無いとは言えないとは思う。

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【十善戒】
 不殺生(ふせっしょう) 生きものを殺しません
 不偸盗(ふちゅうとう) ものを盗みません
 不邪淫(ふじゃいん) みだらな男女の関係をしません
 不妄語(ふもうご) うそいつわりを言いません
 不綺語(ふきご) たわごとを言いません
 不悪口(ふあっく) 人の悪口を言いません
 不両舌(ふりょうぜつ) 二枚舌をつかいません
 不慳貪(ふけんどん) ものを慳(おし)み貪(むさぼ)りません
 不瞋恚(ふしんに) 怒り憎むことをしません
 不邪見(ふじゃけん) 間違った考え方をしません

【モーセの十戒】
 第1戒 わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
 第2戒 偶像を造ってはならない
 第3戒 主の御名を、みだりに唱えてはならない。
 第4戒 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。
 第5戒 あなたの父と母を敬え。
 第6戒 殺してはならない。
 第7戒 姦淫してはならない。
 第8戒 盗んではならない。
 第9戒 偽りの証言をしてはならない。
 第10戒 あなたの隣人の家を欲しがってはならない。

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旧「霊宝殿」の横に

新「霊宝殿」がある。

どの寺院でも

国宝や重文などは

防火防犯設備が整った

収蔵庫に収められている。

廣隆寺でも

国宝:二十点、重文:四十八点は

この「霊宝殿」に納められている。

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館内には

日本一美しいと言われている

御本尊「弥勒菩薩半跏思惟像」(国宝1号)が

半跏思惟という、台に片足を降ろした状態で座り

中央に安置されていた。

  『※中学教科書掲載のあの仏像』

「秦河勝」が聖徳太子より贈られた仏像を

本尊として広隆寺を開いたが

その仏像が「弥勒菩薩半跏思惟像」だということだ。

館内は薄暗く

神秘的な雰囲気で

中央のベンチには

二人の外国人が瞑想していた。

他の神社仏閣でも

日本人より外国人の

瞑想者が多いと思った。

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さて。

秦氏は中国からの

渡来人とはいわれるが

館内にある

目鼻立ちがはっきりした

「秦河勝像」(重文)を見ると

私にはそうとは思えなかった。

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【廣隆寺】(こうりゅうじ)
推古天皇十一年(603)に建立された山城最古の寺院であり、聖徳太子建立の日本七大寺の一つである。この寺の名称は、古くは蜂岡寺、秦公寺、太秦寺などと言われたが、今日では一般的に広隆寺と呼ばれている。広隆寺の成立に就いて、日本書紀によると秦河勝が聖徳太子から仏像を賜りそれを御本尊として建立したとあり、その御本尊が現存する弥勒菩薩であることが廣隆寺資財交替実録帳を見ると明らかである。秦氏族が大勢で日本に渡来したのは日本書紀によると第十五代応神天皇十六年で、主は養蚕機織の業であり、その他に大陸や半島の先進文化を我が国に輸入することにも務め農耕、醸酒等、当時の地方産業発達に貢献していた。我が国に大陸文化を移し産業と文化の発達の源流・経済の中心ともなった太秦の、この広隆寺は、衆生済度の道の探究、仏法への絶対的な帰依、そして、"和を似って貴しと偽す"平和な世界をめざされた慈悲の権化である聖徳太子の、理想の実現に尽力した秦氏の功業を伝える最も重要な遺跡であり、信仰と芸術の美しい調和と民俗の貴い融和協調とを如実に語る日本文化の一大宝庫である。

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今日は

比較的過ごしやすい日だったが

写真を撮るため

人が途切れるのを待つのに

少々疲れた。

この後

近くの

「大酒神社」へ向かった。

 

 Photo : Lumix TX1

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