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滝口寺の新緑。2017晩春(京都)

今日の散歩は

滝口寺へでかけた。

「祇王寺」御参りのあと

地続きの「滝口寺」(たきぐちでら)を御参りした。

  緑の空間「祇王寺」2017 晩春(京都)

「祇王寺」の参道を進むと

途中で「滝口寺」へ枝分かれする。

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入り口を入った所に(山門はない)

「新田義貞」の首塚がある。

鎌倉幕府を滅ぼした武将として名高い「義貞」は

越前国で流れ矢が眉間を貫通して討死にした。

首は京の三条河原で晒し首になっていたものを、

妻の「勾当内侍」(こうとうのないし)が盗み出し

この場所に葬ったと伝えられている。

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本堂への山道を登ると

彼方此方に筍が首を出していた。

周りは全て竹林だ。

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山道を登り切った広場に

新緑に覆われた本堂がある。

茅葺き屋根の小さな本堂だ。

屋根は朽ち始めている。

そろそろ葺き替えの時期だろう。

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本堂に入り御参りをし

外の景色を眺めるのが

ここの楽しみだ。

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大きく開け放たれた

戸の向こうに広がる風景が美しい。

額縁に納められた絵画のようだ。

季節ごとに変わる絵画が楽しめる。

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本堂前の林の中に「滝口入道」(斉藤時頼)と

平家一門の古びた石の供養塔が立っている。

長い歳月を伝えている。

「斉藤時頼」は平家の武士

新田義貞は源氏の武将(正式名は源 義貞)

人の縁(えにし)は不思議なものだと思った。

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【滝口寺】

当所は、もと良鎮上人の開祖にかかる往生院の子院で、三宝寺と称し浄土宗に属したが、明治維新の際、廃絶してしまった。
 かつて三宝寺には、滝口入道と横笛の悲恋物語が伝えられていたところから、滝口寺と呼ばれていた。近年、有志によって庵室が建てられ、清凉寺内の史跡となって甦った。本堂には、三宝寺遺物である滝口入道と横笛の木像を安置している。
 滝口入道は、名を斎藤時頼といい宮中の警衛に当たる滝口の武士であったが、建礼門院の雑仕女横笛を見そめて恋に陥った。しかし、彼の父はその恋を許さず、そのため時頼はわずか19歳にして往生院に入り出家したのである。横笛は、これを聞き往生院を訪ねるが、滝口入道は修業の妨げと合わず、そのため、横笛は悲しみのあまり大堰川に身を沈めたとも、奈良・法華寺に出家したともいう。
 滝口入道は、のち、高野山清浄院に入って高野聖となり、元禄元年(1184)紀伊勝浦での平維盛入水に立ち合っている。

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さて。

休日の散策も

楽しくなってきた。

連休で観光客は多いが

少し早く出かければ

混雑は避けられそうだ。

明日はもう少し奥へ行こうと思う。

 Photo : Lumix TX1

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