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清凉寺の首塚。2017 仲春(京都)

今日の散歩は

「清凉寺」にでかけた。

JR「嵯峨嵐山駅」から坂道を

20分程で「清凉寺」に到着する。

参道の遠くからでも見えるのが

高さ約18mの「仁王門」だ。

 ※仁王門( 1776年(安永六年)再建)

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「仁王門」左右には

阿吽の金剛力士(室町後期)が守護している。

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朝まだ早いので観光客は少ない。

静かな境内だった。

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本堂(釈迦堂)は945年(天慶八年)の創建。

重明親王妃が新堂を建て、等身大の釈迦像を

安置したことに始まるという。

本尊は釈迦如来(国宝・三国伝来の釈迦如来)。

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創建後、度重なる火災により焼失に遭うが

その都度再建されている。

現在の建物は1701年(元禄十四年)に

五代将軍徳川綱吉の母桂昌院などにより

再建されたものだ。

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院内には

国宝や重要文化財が多数ある。

国宝や重要文化財がゴロゴロしている

と言っても言い過ぎではないほどだ。

また本堂には葵紋の食器や容器、お盆等

五代将軍徳川綱吉の母「桂昌院」が使用した

物等が多数展示されている。

 ※写真撮影禁止

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※弁天堂

 建築年代は江戸末期。

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本堂横の庭には

桂昌院殿遺愛の井戸がある。

京都西陣の商家の娘であった「桂昌院」が

産湯を使った井戸ということで

ここに移設されたのだろう。

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徳川家の色濃い寺院だが

境内「薬師寺」前には

「豊臣秀頼」の首塚がある。

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大阪夏の陣で大阪城に没した「豊臣秀頼」だが

昭和55年(1980)に行われた大坂城三の丸跡の

学術調査で、発掘現場から「豊臣秀頼」のもの

と思われる頭蓋骨が出土した。

その後の調査でこの骨が

人為的に丁寧に埋葬されていることや

介錯の跡、周囲からの出土品などから考察して

「豊臣秀頼」のものと断定された。

秀頼が没してから368年の昭和58年(1983)に

「豊臣秀頼」が再興につくした由縁を持つ清凉寺に

首塚が造られ、ここに首が納められたということだ。

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人の縁(えにし)は不思議なものだと思った。

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昨日の「大覚寺」は

駅から遠く少々疲れたが

今日は駅に近く比較的楽な散策だった。

来週も嵯峨野辺りを散策したいと思う。

 

※五台山 清凉寺(嵯峨釈迦堂)

清凉寺は、京都府京都市右京区嵯峨にある浄土宗の寺院。山号を五台山と称する。嵯峨釈迦堂の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られている。宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となる。本尊は釈迦如来、開基は奝然、開山はその弟子の盛算である。

 Photo : Lumix TX1

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