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秋彼岸。伊東へでかけた。2015

連休初日 伊東へでかけた。

新幹線の指定席は満席のようだったが

「こだま」の自由席はそれほどでもなかった。

熱海駅も混雑していた。

最近はキャリーバッグが多いので

「ぶつかる」「つまづく」で、まともに歩けない。

「伊東線」もかなり混雑していたが

幸い首都圏から到着する在来線から

伊東線へ乗り換える客が乗り込む前に

新幹線で到着していたので余裕で座れた。

晴天で車窓から見る海は

青くキラキラ輝いていた。

幼い頃。

東海道線は蒸気機関車が主流で

伊豆東海岸の熱海から下田方面は

まだ伊東駅までしか開通していなかった。

 ※国鉄伊東線:熱海~伊東(昭和13年開通)

 ※伊豆急行線:伊東~伊豆急下田(昭和36年開通)

800p9210007                          ( 昭和30年頃の伊東市 )

沼津駅から熱海駅に向かう東海道線の汽車は

あの長い「丹那トンネル」を抜けた。

汽車の速度が遅いので

蒸気機関車の煙突から吐き出す煙と

鼻を突く匂いで呼吸困難な状態が

トンネルを抜けるまで長く続くが

母があらかじめ準備しておいてくれた

濡れ手ぬぐいで口を覆うと随分楽だった。

祖父母の家に向かうとき乗る「駿豆線」の電車と

伯母の家に向かう「伊東線」の電車とは随分印象が違うものだと思った。

 ※伊豆箱根鉄道「駿豆線」:三島~修善寺(大正13年開通)

「駿豆線」の車内は油と野菜の匂いがしたが

「伊東線」は東京からの観光客が多く

香水やナフタリンの匂いで

都会の香りが漂っていた。

伊東駅では客待ちをする

旗を持ったハッピ姿の番頭さんの

あまりの多さに幼い私は母の後ろで怯えた。

・・・遠い日の思い出だ。

800p9190104

さて。

1年半ぶりの「妙隆寺」だ。

「妙隆寺」には伯母の眠る墓がある

伯母は母の姉で

優しい伯母だった。

私は伯父が嫌いだったので

泊まることはなかったが

母が伯母を慕っていたので

度々連れてきて来てもらっていた。

母と同じ匂いがした。

800p9190109

【妙隆寺】(みようりゅうじ)

日蓮宗(妙満寺派)

創建:不詳

佛現寺の毘沙門堂を管理していた寺の一つ。

日蓮上人が伊東に流され毘沙門堂で過ごした

ことから真言宗から日蓮宗に改宗された。

境内に『経塚』がある。(江戸城の築城石)

経塚の由来

昭和55年本堂再建のおり偶然にも3基が並んで発見された1つ。

経塚は、一般的に平安時代中期から造営されはじめたもので

室町期頃が最も多く経典を理納したものなど様々なものがあるが

ここの経塚には一石一字が墨書されている。

800p9190110

墓参りの後は

近くの伊東港に寄った。

800p9190121

少年の頃。

見慣れた「沼津」の海(駿河湾)に比べ

「伊東」の海(相模湾)は随分青いと思い

自慢げに絵日記に書いたことがある。

陸地から西にある駿河湾と

東にある相模湾とは

太陽光の入射角の関係で(時間による)

緑に見えたり青く見えたりするものだが

少年の頃の私には不思議な現象だった。

今思えば笑えてくる。

800p9190129

「なぎさ公園」からは

遠くに「初島」が浮かんで見えた。

明日は前回会えなかった山の向こうの

「叔母の見舞いに行こうか」などなど

考えながら暫し海を眺め

昼過ぎの電車で帰路に就く。

 Photo : STYLUS1

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