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「胡瓜の馬」と「茄子の牛」

お盆は先祖の霊が家族の元に帰って来るとされ

盆の入りには迎え火を焚き祖先の霊をお迎えし

盆明けには送り火を焚いてお送りする。

最近は迎え火を焚くのが難しく

玄関先に盆提灯を掛け

迎え火に代えている。

先祖の霊があの世と往来するための

乗り物が「胡瓜の馬」と「茄子の牛」だ。

私は

幼い頃より夏休みは

祖父母の家で過ごすのが恒例だった。

毎年盆の入りまでには

母に連れられて祖父母の元へでかけていた。

 2015年8月1日の日記→晦日盆の墓参り。2015(伊豆の国市)

祖父母の家に着くと

「囲炉裏」の前に座る祖父に挨拶し

仏壇にお詣りするのが慣わしだった。

仏壇前の「精霊棚」には南瓜や瓜などの野菜や

芋や蒟蒻などの煮物が供えられていたが

「胡瓜の馬」はまだ供えられていなかった。

「胡瓜の馬」を作るのは孫の私の役割だった。

「胡瓜」に足を付けるだけだが

子供の私にはバランスが取れなく難しい作業だった。

最近は「割り箸」の足だが

当時は皮を剥いだ木の枝だった。

何の木だったかは分からないが

手を洗っても木の匂いが落ちなかったのを覚えている。

香の花(しきみ)の枝だったかも知れない。

「胡瓜の馬」はいくつも作った。

祖母は沢山作れと言う。

5個以上は作っただろうか。

Kyuurinasu

祖父母の家では

「胡瓜の馬」と「茄子の牛」は同時に供えなかった。

あの世から帰ったきたら

もう、戻りの「茄子の牛」が準備されていては

ご先祖に失礼だろうという意味だ。

「茄子の牛」は盆明けの送り火の朝に供えられた。

盆明けの朝には

「胡瓜の馬」は片付けられ

私は「茄子の牛」を作った。

「茄子の牛」は二つしか作らなかった。

何故、「胡瓜の馬」は沢山作って

「茄子の牛」は二つなのか

子供の私には不思議だった。

『沢山の「胡瓜の馬」で、早く帰って来てもらい

二頭の「茄子の牛」でゆっくりと戻って頂く』

という意味だったのだろう。

優しい祖父母だった。

 

お盆が終わるまでは遊びはお預けだったが

お盆の飾りが片付けられれば

一気に遊びモードに突入だった。

「虫取り」や「海水浴」「いいっこ」取りに

よくもまあ毎日飛び回ったものだ。

怪我もよくしたが

楽しい夏休みだった。

遠い夏の日が懐かしい。 

Mugiwara_2

 

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