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耳石神社へでかけた。(三島)

三島の「耳石神社」(みみいしじんじゃ)へでかけた。

三島駅を出ると日差しが強く

5月とは思えない暑い日だった。

「東レ」と「JR東海研修センター」に挟まれた道の

日陰を選びながら20分程ぶらぶらと歩いた。

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旧道に入り更に10分程歩くと

森の中に「耳石神社」がある。

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鳥居をくぐると目前にシイの巨木がある。

正式名は「スタジイ」と呼ぶらしいが

樹齢からして「スタ爺」と呼んだ方が

相応しいのではないだろうか。

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 和名  スタジイ(イタジイ)。

 根周り 6m

 目通し 4.6m

 樹高  15m

 樹齢 330年

 御神木(静岡県神社庁指定)

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このシイの巨木の後ろに本殿がある。

広い境内の割には

こぢんまりとした本殿だ。

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祭神は「国狭槌尊」(くにさつちのみこと)で

開発開墾・農業の神として祀ったものという。

国狭槌尊は『日本書紀』の「天地開闢」に登場する神で

旧約聖書で言えば「天地創造」に関わる神々の一神だ。

社名になった「耳石」だが。

本殿前左右に祀られた石があるが

左の石が古来からの「耳石」で

右側の石は後の代

左右バランスをとるためか

祀られたのが真相のようだ。

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確かに穴がある耳の形をした石だ。

姿形から「耳石」(みみいし)と呼ばれ

古来からここにあったのだろう。

後世この石の脇に神社が祀られ

「耳石」にある神社ということで

いつしか「耳石神社」が正式名になったようだ。

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耳の病にかかった人が

神社と耳石にお祈りし

願いがかなえられたら

石に穴をあけ紐で吊るして

お礼参りをする習わしがあるという。

今も御利益があるのだろう

沢山の石が吊してある。

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中には御礼文が書かれた石も吊されていた。

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「耳石神社」は「国狭槌尊」を祀った神社で

石をご神体とした神社ではない。

石をご神体とした神社は

沼津市一本松に「要石神社」がある。

   2008年9月23日の日記→要石神社(地震の神様)

「要石神社」は地震封じ(防災)の神社で

「要石」を御神体として祀った神社だが

耳の病に御利益があるといわれ

多くの穴あき石が奉納されている。

古来「石」と「耳の病」には共通する言い伝えがあるようだ。

耳には耳石(じせき)といわれる器官の一部があるが

昔の人はそれを知っていたのだろうか。

不思議な話だ。

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 耳石神社 由緒

  古来、幸原の氏神で祭神は大山祇神の御子
 国狭槌尊であって耳の病に霊顕ありと古人
 から言い伝えられているので 遠近よりの
 参拝者が多い。
  社名は伊豆志稿に耳の形をした石あるに
 よって称するという如く社前にある高さ四尺
 囲り六 七尺位の石に似た形がある。
 耳を病む者神に祈り、ついでこの石に祈る
 癒ゆれば、小石に穴をあけ糸につるして
 奉賛するを習わしとす。

  例祭は九月十六日

  幸原は、国府原とも書いたことは、棟札
 によっても知られているが三島大社の神領地
 であった天正十八年 豊臣秀吉が小田原城
 攻略に際して、山中城の出城たる 徳倉城
 から攻撃したとき当社は兵火に罹り古記録
 を失い由緒を知ることが出来ない。元和元年に
 再建、明暦・延宝・元禄の棟札を伝へている。
 この耳石は 三島七石の一つでもある。

 Photo : STYLUS1

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