« お盆の墓参り。2013(沼津) | トップページ | 緊急地震速報で新幹線が止まった。(2013.8.8) »

昔「旧三津坂隧道」にバスが通っていた。

西伊豆の県道130号(伊豆長岡・三津線)の

「三津坂隧道」上の山中に「旧三津坂隧道」がある。

 マップ→ 旧三津坂隧道(沼津市)

「旧三津坂隧道」は「天城山隧道」より8年古く

明治29年(1896年)に完成したトンネルだ。

井上靖の自伝的小説『しろばんば』の主人公「洪作」は

三津の叔母の家に遊びに行く時このトンネルを通った。

 『長岡から一里の山道を歩いて、「小さいトンネル」を抜けて

  最後の坂を下っていくと、いきなり真夏の陽に輝いてい

  る海と、その海岸にごちゃごちゃと詰まっている小さい

  家の固まりが見えた。     -中略-  

 洪作は今まで彼が知っている場所では、 ここが一番美しい

 ところではないかと思った』

と記している。

この「小さいトンネル」が旧三津坂隧道だ。

私は少年の頃。(昭和20年代~30年代)

夏休みを大仁の祖父母の家で過ごしていた。

沼津港から「龍宮丸」に乗り、三津港でバスに

乗り換え、大仁まで行く経路だったが

その途中にこの「旧三津坂隧道」があった。

現在の「三津坂隧道」の完成した昭和36年(1961年)まで

バスはこのトンネルを通っていた。

 2010.06.12の日記→旧三津坂隧道を訪ねてみた(少年の頃の記憶)

 2010.08.21の日記→再び旧三津坂隧道を訪ねた(一瞬海が見える場所)

今ではこの「旧三津坂隧道」を

バスが通っていたことを知る人は少ないだろう。

640dscn1528

三歳下の従兄弟が

「旧三津坂隧道」を見に行ったが

ここにバスが通っていたとは信じられないと言う。

当時のバスの経路図や乗車券を見せやっと納得したが

まだまだ内心は信じがたい様子だった。

 2010.09.12の日記→東海自動車の乗車券(昭和32年頃)

無理もない、私でも記憶に間違いはないか

不安になるほど「小さなトンネル」だ。

「天城山隧道」とトンネル断面を比較してみた。

断面比で「旧三津坂隧道」は約65%だが

それ以上に小さく感じるトンネルだ。

少年時代湯ヶ島で暮らした井上靖が

「小さいトンネル」と表現したのは

身近にあった「天城山隧道」と見比べ

小さなトンネルと感じたせいではないだろうか。

Photo

次にバスだが。

当時のバスの車種の記憶は無いが

「東海自動車」の記録に、昭和23年(1948年)に

「いすゞBX91型」生産第一号車が納入され

昭和27年(1952年)には東海自動車通算

100台目が納入されたと記されている。

更に昭和30年の「天城山隧道」の写真にも

「いすゞBX91型」バスが写っている。

64030

車種は「いすゞBX91型」に間違いないだろう。

「いすゞBX91型」バスの諸元は

  全幅 2.4m
  全高 2.7m 
  全長 7.8m
  出力 85ps
  定員 座席24人

現代のマイクロバス程度の

随分「小さなバス」だった。

91_2

「いすゞBX91型」バスをトンネル断面に入れてみた。

「天城山隧道」は写真と同じイメージで

ゆとりある状態でトンネル断面に収まった。

「旧三津坂隧道」は何とか収まるが

「ギリギリ」の状態で

バスは通り抜けていたことになる。

91

記憶ではもう少し窓からトンネル側壁まで

近かったような気がするが

こんな程度だったのだろう。

バスはトンネル入り口で必ずエンジンを止め休息していた。

対向のバスが来る時間だったのか

急な坂道を登ってきたため

エンジンを休ませるためだったのだろう。

トンネルへ入る前

車掌さんは「窓から手を出さないで下さい」とか

「窓を閉めて」とか注意していたような気がする。

通過時間はほんの数10秒程度だったが

トンネルの中ではエンジン音が反響し

劈くような騒音に指で耳を塞いだ記憶がある。

当時は伊豆観光が盛んで

バス旅行も始まった頃だった。

東京方面から来る観光バスは

窓が大きく車体も一回り大きなバスで

私たちは「デラックス(バス)」と呼んでいた。

「デラックス(バス)」は「旧三津坂隧道」が通れなく

引き返す光景を何度も見た事がある。

私には断片的な記憶しかないが

今ではそんな光景を覚えている人は

少なくなっただろう。

|

« お盆の墓参り。2013(沼津) | トップページ | 緊急地震速報で新幹線が止まった。(2013.8.8) »

コメント

いつも更新を楽しみにしております。
知りたかった沼津の歴史が写真・図面で参照出来るのでとてもうれしいです。

「三津坂隧道」は高校生の時に自転車で伊豆長岡から越えた時以来今でも訪れますが、何度来ても当初の感動がよみがえります。沼津市民でこの風景を知らない人も多いと思います。
現在工事中の「東駿河湾環状道路」が完成すれば沼津ICと伊豆長岡ICが直通するので、この風景と内浦漁港の朝市を目的に訪れる人が出てくると予想され、沼津の海岸線の魅力が再発見されるでしょうね。

投稿: 50歳の沼津在住 | 2013年7月24日 (水) 21時11分

ありがとうございます。
50年以上昔の事ですから
不正確な絵日記になっています。
(気付いた時に「こそっと」修正しています。)
 
東駿河湾環状道路が完成すれば
再び三津三叉路が混雑するかもしれませんね。
昔は海水浴シーズンになれば
三津交差点は人と車で混雑していました。

投稿: 小生 | 2013年7月25日 (木) 20時44分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 昔「旧三津坂隧道」にバスが通っていた。:

« お盆の墓参り。2013(沼津) | トップページ | 緊急地震速報で新幹線が止まった。(2013.8.8) »