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御成橋の傷跡(弾痕)

沼津市内には御成橋という橋がある。

狩野川の河口から数えて港大橋、永代橋

そして三つ目の橋が、御成橋で

井上靖の小説「夏草冬波」にも登場する橋だ。

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この橋には、沼津大空襲(昭和20年7月17日)3か月前の

昭和20年4月11日の空襲時にアメリカ空軍機が投下した

爆弾で被弾した跡が今でも残っている。

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昔、伯母からその跡を教えてもらった時のことを

思い出しながら確認してみた。

上流側のはっきり判る箇所は直ぐに確認できた。

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下流側も、少し判りづらいのですが確認することができる。
       (記憶ではたぶん全部で5カ所)

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この時の空襲では、我が家も焼失し全てを失った。

間接的ではあるが、私の人生にも影響していると

聞いているので、当時のことを知る

この橋の傷を見ると、感慨深いものがある。

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 2011/5/7の日記 →御成橋の石段(沼津)

  御成橋「高欄の変遷」(沼津)

【御成橋】

竣工 :昭和12年(1937年)

形式 :鋼ソリッドリブ・タイドアーチ橋

延長 :130.34m

幅員 :15.6m

この橋の前身は、1876年(明治9年)に完成し、「湊橋」と呼ばれた。

1912年(明治45年)7月、県東部初の鉄橋として架け直され、

翌月、沼津御用邸に向かう皇族が「御成りになる」際に利用することから

「御成橋」と改称された。

1937年(昭和12年)、変化する交通事情により現在の橋が完成した。

【沼津大空襲】

第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)7月17日午前1時頃、アメリカ軍

により静岡県沼津市に対して行われた空襲である。

同年1月ごろから延べ8回の小規模な空襲や機銃掃射を受けており、それら

を合計すると死者322人、重軽傷者634人、全半焼11756戸、全半壊127戸

という被害だった。
     

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コメント

沼津市魚町生まれ、上土町育ちです。

終戦直前、直後の御成橋の写真が8枚ほど

あります。

 この近辺を母と良く散歩したようです。

 5歳から6歳ごろ橋にいよじ登って怖かった

おさない時の記憶があります。

投稿: 勝亦 靖臣 | 2012年6月 3日 (日) 11時10分

家から近かったのは永代橋ですが

記憶にあるのは御成橋です。

三津行きのバスを待つ間

あの白い石段で遊んでいました。

故里を離れて数十年

古いアルバムを眺めていると

少しずつ記憶が融け出してきます。

投稿: 小生 | 2012年6月 3日 (日) 21時07分

かなしですね

投稿: | 2021年5月24日 (月) 11時32分

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