安井金毘羅宮に参拝。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

安井金毘羅宮へでかけた。

地下鉄「東山駅」から

南へ20分ほど歩くと

「東大路通」に「安井金毘羅宮」がある。

 ※最寄り駅は京阪「祇園四条駅」

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「安井金比羅宮」(やすいこんぴらぐう)

 創  建 :元禄八年(1695)
 御祭神 :崇徳天皇(すいとくてんのう)
       大物主神(おおものぬしのかみ)
       源頼政(みなもとのよりまさ)

 御神徳:あらゆる悪い縁を切り、良縁を結ぶ
             海上安全、交通安全

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鳥居から

石畳の参道が150mほど続く。

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思いのほか

参道の緑が美しかった。

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参道の終わりの

「手水舎」を過ぎると

奥に「拝殿」と「本殿」が見えてくる。

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「拝殿」は

小ぢんまりとした

回廊式の「拝殿」だ。

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先ずは

「拝殿」で鈴を鳴らし

「本殿」に向かい参拝した。

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さて。

この神社は

「縁切り神社」とも呼ばれる

人気パワースポットとなっている。

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「拝殿」前の絵馬掛け所には

幾重にも「絵馬」が掛けられている。

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掛けられた「絵馬」を見ると

縁切りを願う相手の

住所名前が書いてあったり

おどろおどろしい感じがする。

なかには

可愛らしい「絵馬」もあり

ほっとする。

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境内には

「縁切り縁結び碑(いし)」と呼ばれる

高さ1.5m、幅3mの絵馬の形をした「碑」がある。

中央には

人がやっと潜れるほどの

小さな穴が開けられている。

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「碑」の表面には

切りたい縁・結びたい縁などの

願い事が書かれた「形代」と呼ばれる

「お札」が貼られ碑が見えないほどになっている。

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祈願の方法は

まず「本殿」に参拝し。

次に「形代」に

切りたい縁・結びたい縁などの

願い事を書き「形代」を持ったまま

願い事を念じながら「碑」の「表から裏へ」

穴をくぐりまず悪縁を切る。

次に「裏から表へ」くぐって良縁を結ぶ。

そして最後に「形代」を碑に貼る。

ということだ。

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私には

今のところ

必要ないので

祈願する人達を

遠巻きに眺めた。

しばらく眺めていたが

圧倒的に女性が多い。

男性は我慢強いということだろうか。

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 当宮の主祭神・崇徳天皇自ら国家安泰を祈られもろもろ一切を断って祈願されたという故事に習い江戸時代より断ちもの祈願のならわしが続けられ縁切り祈願が生まれました。

 旧きを脱皮し常に新しい新鮮な自分を甦らせる縁切り、もろもろの祈願を成就にみちびく縁結び共に歓迎。
これは神道本来の祓いに通じる道と覚えます。

『悪縁を切る
    縁切り
    縁結び
 (いし)
          奉製 石刻画家 山田光造

 上部から亀裂を伝って神の力は中央の円形に注がれ、夫々願いを素直に神札に記し、円形に向かって表から裏に(縁切り)裏から表に(縁結び)それぞれ心に祈りを込めてくぐりぬけてください。くぐり抜けた後に、神札を石面に貼ってください。
当宮では毎朝拝時に必ずこの碑にお祓いを行いお清めをつづけて参ります。
    文 前宮司 鳥居 博愛

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【安井金毘羅宮】(やすいこんぴらぐう)

 祭神として崇徳(すとく)天皇、大物主神(おおものぬしのかみ)、源頼政(みなもとのよりまさ)の三神を祀る。
 社伝によれば、保元の乱(一一五六)に敗れて讃岐(香川県)で崩じた崇徳上皇の霊を慰めるため、建治年間(一二七五~一二七七)に大円法師が建立した光明院観勝寺(かんしょうじ)が当社の起こりといわれている。
その後、観勝寺は応仁の兵火により荒廃し、元禄八年(一六九五)太秦(うずまさ)安井(右京区)にあった蓮華光院が当地に移建され、その鎮守として、崇徳天皇に加えて、讃岐金刀比羅宮より勧請した大物主神と源頼政を祀ったことから、安井の金比羅さんの名で知られるようになった。
 本殿東の絵馬館には、当社に奉納された大小様々な絵馬が陳列されており、江戸時代の画家山口素絢(そけん)等の作品も含まれている。
 また、境内にある「久志(くし)塚」は、古い櫛の供養のために築かれた塚で、毎年九月の第四月曜日に櫛祭(くしまつり)が行われる。

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さて

朝は寒いが

暖かい日が数日続いた。

寒の戻りが無いことを願う。

 

 Photo : Lumix TX1

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知恩院の新緑。2018 仲春(京都)

所用の帰り

「東大路通」から

「知恩院」を見ると

「三門」が「五色幕」や

「吹き流し」で飾られていた。

何の行事かと「案内板」を見ると

『吉水講詠唱奉納大会』と書かれていた。

 期間:4月14日(土)~15日(日)
 会場:法然上人御堂

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【吉水講詠唱】
 浄土宗が制定した、詠歌、和讃、舞を言う。

・詠歌は、ほとんど「法然上人」の御作。
 お念仏の教えを説かれ導かれた高僧のお歌を唱える。
・和讃は、浄土宗の年中行事等の意味をあきらかにし
 法要に参加するために作詞されたもの。
 お念仏を讃えた古い和讃からなる。
・お舞は、お歌の心を動作の上に表現し身体全体を通じ
 仏を賛美、供養する喜びを表す。

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せっかくだからと

お参りに寄ることにした。

石段を上がると

「三門」に掛けられた

「大紋幕」が風に煽られはためいていた。

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「三門」脇の「大提灯」は

風に揺れることもなく

重々しく感じた。

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「三門」周りは

すっかり「葉桜」だ。

瑞々しい緑色の季節となった。

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「納骨堂」の前も

新緑の景色だった。

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池の「モミジ」の

新緑が美しかった。

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手ぶらできたので線香を購入。

「納骨堂」へお参りをした。

「大鐘楼」辺りから聞こえる

「鶯」の鳴き声が清々しく感じた。

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平成大修理中の「御影堂」の

仮設大屋根の撤去作業は

50%ほど進んでいた。

仮設大屋根の撤去作業が終わっても

基礎コンクリートの撤去作業が始まる。

しばらくは騒がしい境内が続くだろう。

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帰りは

「黒門」から出ようと

途中の「中門」を出ると

「黒門」へ至る「黒門坂」の

「モミジ」の緑が美しかった。

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「黒門」を出ると

観光バスから降りてきた

法衣をまとった団体とすれ違った。

『吉水講詠唱奉納』に

参加するグループだろうか。

まだまだ私には

縁遠い行事だ。

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さて。

冬物を片付けてしまったが

朝はまだ小寒い。

毛糸のベストを

また出そうかと思った。

 

 Photo : Lumix TX1

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京都霊山護国神社に参拝。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

京都霊山護国神社へでかけた。

地下鉄「東山駅」から

東南へ25分ほど進むと

「京都霊山豊国神社」がある。

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鳥居から

「維新の道」と呼ばれる

参道を上るがかなり急峻な参道だ。

勾配は10%近くあるだろう。

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「維新の道」を200m程上ると

「本殿」に到着する。

【京都霊山護国神社】
(きょうとりょうぜんごこくじんじゃ)

 創 建 :明治元年(1868)
 主祭神 :国事殉難者約7万3千柱

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「本殿」前には

掃き清められた

気持ちがいい境内が広がる。

当神社は幕末維新に殉じた志士と

大東亜戦に至る京都府出身の

英霊が奉祀されている。

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先ずは

「本殿」に参拝した。

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「本殿」前の境内には

大東亜戦争で亡くなった

各部隊の慰霊碑が並んでいた。

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「本殿」上の山には

幕末の動乱期に活躍した

「坂本龍馬」、「中岡慎太郎」、「桂小五郎」を始めとする

幕末勤王の志士の墓石、慰霊碑の他

従軍記念公園「昭和の杜」がある。

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石段を上り

「坂本龍馬」「中岡慎太郎」の

墓に向かった。

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石段を5分ほど上ると

石柵に囲まれた

「坂本龍馬」「中岡慎太郎」と

下僕「山田藤吉」の墓がある。

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墓地中央の

左に「坂本龍馬」

右に「中岡慎太郎」が並んでいる。

慶応三年(1867)十一月十五日夕刻(午後九時頃)

京都河原町の「近江屋」に宿泊中の

「坂本龍馬」「中岡慎太郎」「山田藤吉」は

刺客に襲われた。

「坂本龍馬」は闘死する。

翌十六日「山田藤吉」絶命。

十七日「中岡慎太郎」絶命。

十八日、「近江屋」において葬儀が行われ

同日。三人の遺骸がここに埋葬された。

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「坂本龍馬」。(享年三十五歳)

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「中岡慎太郎」。(享年三十歳)

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二人の左には

一緒に襲撃された

下僕「山田藤吉」の墓碑が並んでいた。

「山田藤吉」は元力士で四股名は雲井龍

「坂本龍馬」の用心棒を務めていたという。

「山田藤吉」。(享年十九歳)

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お墓の傍らには

「龍馬」「慎太郎」像が建ち

京都市内を見つめていた。

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【坂本龍馬 中岡慎太郎の最後】
 徳川慶喜大政奉還劇の大作者である坂本龍馬は、洛中においては河原町三条下る材木商酢屋嘉兵衛方に寓居していたが、遭難十日前に醤油町商近江屋新助方に転居した。坂本龍馬は、当時、最も幕府側から狙われていた志士で、新撰組・見廻組らの追求が急となり、藩邸の堀内慶助らの気遣いから近江屋を選んだのが仇となった。
 慶応三年(一八六七年)十一月十五日、午後六時ごろ 中岡慎太郎が訪問。この二、三時間後、会談中の彼らは刺客の襲撃に遭い、坂本龍馬は額を横に斬られ、二の太刀は右肩から左背骨にかけ、三の太刀で更に前頭部を裂かれて悲痛なる一言を残して倒れた。
 盟友・中岡慎太郎も全身にに刀傷を負い、二日後の十七日の夕方に息を引き取った。
 十八日、近江屋において葬儀が行われ、ここ霊山に埋葬された。阪本龍馬にまつわる逸話として、三十七年後の日露戦争の最中、昭憲皇太后の夢枕にひとりの侍の影が立ち現われて「微臣阪本にございます。このたびの海戦、皇国の大勝利に間違いありませぬ。不肖阪本、皇国海軍を守護しておりますゆえ ご安心願いあげます。」と言い残すと消えたという。
 阪本龍馬。志士中の一級志士と云っても過言ではない。
墓所
 右   中岡 慎太郎
 左   坂本 龍馬
 左奥 下僕 藤吉

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「龍馬」「慎太郎」の墓参りの次は

「桂小五郎」の墓に向かった。

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「桂小五郎」の墓は

石段を10分ほど上った

墓地の最上部にある。

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簡素な

「龍馬」「慎太郎」の墓に比べ立派な墓だ。

墓碑には

「内閣顧問勲一等贈正二位木戸孝允之墓」

とある。

「桂小五郎」は

明治元年(1868)「木戸孝允」と改名し

明治政府で活躍したが

1877年5月26日京都にて病死(享年四十五歳)

此所に埋葬される。

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隣には

妻「木戸松子」(芸妓・幾松)の墓が

仲良く並んでいた。

明治十九年(1886)4月10日京都にて病死(享年四十四歳)

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【桂 小五郎・幾松 墓所】
維新三傑の一人、桂小五郎。
容姿端麗にして神道無念流の達人。吉田松陰の門下生で理性もあり流血に縁遠く、一生人を斬ったことがないと言われ、この点は北辰一刀流免許皆伝の坂本龍馬と似ている。勤皇芸芸妓の第一人者 三本木の幾松とのロマンスは、文久元年の頃、桂小五郎・二十八才、幾松・十八才、相思相愛の仲となり、激動の時代の中で苦楽を共にし、そして結ばれた。
勤皇の志士と云われる志士たちは最後は大方悲劇に終わっているが、明治十年(一八七七年)五月二十六日に四十五才で病没するまで、動乱の幕末を駆け抜け、維新後も活躍し、日のあたる道を歩んだ幸運児とも云える。
幾松とても同じで、威信の大業成るや正二位公爵・木戸考允の妻となり、従四位を賜るほどの女傑。此処霊山に建立されている勅碑からも伺え知ることが出来る。

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墓参りの後は

「坂本龍馬」「中岡慎太郎」墓近くにある

「休息所」で一休みした。

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「休息所」からは

京都市街が一望できる。

眼下には「八坂の塔」が見えた。

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【京都霊山護国神社】
(きょうとりょぜんごこくじんじゃ)
 当神社は幕末、維新に殉じた志士と、それ以降、大東亜戦に至る京都府出身の英霊七万三千十一柱を奉祀する。
 幕末、各藩が東山三十六峰の中心であるここ霊山に、それぞれの殉職者を祀ったのが当神社の起源で、明治元年(一八六八)五月に大政官布告をもって我国初の官祭招魂社(かんさいしょうこんしゃ)とすべきことが定められた。この布告により各藩は社殿を建設し、同年七月には盛大な祭典が挙行された。
 明治十年(一八七八)には皇室より巨費が下賜されて神域が整備され、 全國招魂社のうち、最も崇敬を集めた。 更に、昭和四年(一九二九)六月には昭和天皇 御即位大礼の建物を下賜され、現社殿を整備し、昭和十四年(一九三九)に護国神社と改称して現在に及んでいる。
 霊山神域内には、坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允(たかよし)(桂小五郎)・平野国臣(くにおみ)・宮部鼎蔵(ていぞう)をはじめ蛤御門の変・天誅(てんちゅう)組の義挙等に加わった志士の墓三百余墓があり、一三五六柱が合祀されており、この地は明治維新を偲(しの)ぶ大霊城・史跡となっている。

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此所には

「龍馬」のほかに

頼三樹三郎、梅田雲浜、吉村寅太郎、平野国臣

久坂玄瑞、高杉晋作、宮部鼎蔵、田岡俊三郎ら

幕末勤王の志士が葬られている

近いうちに

また来たいと思った。

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今日は

寒の戻りで寒い日だった。

夏物の上着では

少し肌寒かった。

 

 Photo : Lumix TX1

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知恩院の花むしろ。高瀬川の花いかだ。2018 仲春(京都)

今年の桜は早かった。

早く咲き

早く散ってしまった。

庭に積もった花びらを「花むしろ」

水辺に積もった花びらを「花いかだ」という。

散った後の桜も楽しみの一つだ。

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「知恩院」

玉砂利に敷かれた「花むしろ」

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「知恩院」

庭の「花むしろ」

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「知恩院」

石段の「花むしろ」

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近づいて見ると

淡いピンクが美しい。

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「知恩院」

石積み水路の「花むしろ」

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「高瀬川」

堰に浮かんだ「花いかだ」

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自然の織りなす

幾何学模様が美しかった。

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さて。

来年は

どんな桜が観られるのだろうか。

 

 Photo : Lumix TX1

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地蔵院の桜と椿。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

地蔵院(椿寺)へでかけた。

嵐電「北野白梅町駅」から

5分ほど歩いた「一条通」に

「地蔵院」(じぞういん)がある。

 地蔵院(椿寺)に参拝。2017 仲秋(京都)

「天神川」側から見ると塀越しに

「枝垂れ桜」と「椿」が頭を出していた。

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山門から覗くと

参拝者が数人見えた。

ゆっくりできそうだと思った。

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「山門」をくぐると

正面の「地蔵堂」前の「枝垂れ桜」と

右手の「本堂」前の「椿」がまだ見頃だった。

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「枝垂れ桜」は花の時期が長い。

近くの「成願寺」の

「枝垂れ桜」もまだ見頃だった。

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吹く風に舞う

小さな花弁が可憐だった。

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「枝垂れ桜」と

「椿」の共演が美しい。

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先ずは

「枝垂れ桜」と「椿」に

囲まれた「本堂」に参拝した。

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「本堂」前の「椿」は「散椿」と呼ばれ

「豊臣秀吉」が寄進したもといわれている。

「秀吉」が寄進した樹齢400年の「散椿」は

昭和五八年(1983)枯れてしまい

現在は枝分けされた樹齢120年の

二世の「散椿」だという。

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薄桃色や白に咲き分ける

五色の八重椿だ。

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花ごと落ちず

花弁が一枚ずつ

散るのが特徴だ。

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花ごと落ちないので

武将が好んだ花のようだ。

「首が落ちない」という縁起担ぎだろう。

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一廻り見ると

東南側は赤く

北西側は白が多い。

陽当たりの加減で

色づきが変わるように思えた。

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八重で

優しい色づきが

美しいと思った。

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花見を終え

境内の墓地にある

「天野屋利兵衛」の墓にお参りした。

「天野屋利兵衛」は江戸時代の商人で

「赤穂浪士」の吉良邸討ち入りを

支援をしたことで有名だ。

「利兵衛」は

晩年「地蔵院」に隠棲し

名を改め義士の冥福を祈ったと伝えられる。

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さて。

日曜日は

「坂本龍馬」の墓に

お参りしたいと思う。

 

 Photo : Lumix TX1

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平野神社の遅咲きの桜。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

一週間ぶりに

「平野神社」に寄ってみた。

 平野神社の桜。2018初春(京都)

「楼門」前の桜「魁」は既に散り

隣の遅咲きの桜が満開だった。

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境内は

先週に比べると

参拝者は少なかった。

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「本殿」前は

遅咲きの桜が多いため

今週の方が見頃の桜が多い。

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「桜苑」を含め

60種もの桜が植えられているが

殆どが名も知らぬ桜だ。

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「本殿」前は

今週が見頃だろう。

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花に見とれ

忘れないうちに

「本殿」に参拝した。

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見渡すと

「本殿」前の桜は

珍しい品種ばかりだ。

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平安時代の貴族たちが

贅を尽くして取り寄せたのだろう。、

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珍しい花が多いので

一本づつ時間をかけ

楽しむ人が多いと思った。

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境内の「桜苑」は

殆どが葉桜だが

まだまだこれから咲く桜もあった。

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先週より

花数は少ないが

ゆっくり花見が楽しめた。

私にはちょうど良い花見だと思った。

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暖かすぎる日が続いたが

今朝は寒の戻りで寒かった。

これが平年並みだろう。

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この後

「地蔵院」へ向かった。

 

 Photo : Lumix TX1

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高瀬川から白川の桜。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

四条木屋町にでかけた。

木屋町通りに流れる高瀬川河畔には

「染井吉野」が植えられ桜の名所になっている。

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高瀬川には

清らかな水が流れ

そぞろ歩きには最適だ。

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高瀬川(たかせがわ)は

江戸時代初期(1611年)に

角倉了以、素庵父子によって

方広寺大仏殿の再建用資材運搬ため

伏見から京都中心部にかけて建設された運河だ。

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柳の緑に

舞う花びらに風情があった。

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川の途中には

当時水運に用いられた

小舟(高瀬舟)が係留されている。

川の名称は

この「高瀬舟」にちなんでいるという。

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川にはいくつかの橋が架けられている。

 (三条~四条間で13橋)

橋で立ち止まっては景色を眺め

また立ち止まっては景色を眺めた。

贅沢な散歩だった。

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高瀬川のあとは

祇園白川へ向かった。

四条大橋から眺める

桜も良いものだと思った。

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「祇園白川」の桜も見頃だった。

吹く風に花吹雪が舞った。

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しばらく歩くと

「巽橋」の周りは人が溢れていた。

人気スポットのせいだろう。

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人の少ない場所から

しばし白川を眺め

帰路に就く。

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さて。

暖か過ぎる天気が続く。

夏物に衣替えしようとも思うが

寒の戻りに躊躇する。

 

 Photo : Lumix TX1

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知恩院の桜。2018 仲春(京都)

今日の散歩。

花見とお参りを兼ね

知恩院界隈へ出かけた。

国宝「三門」の「染井吉野」は

既に花吹雪が舞っていた。

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桜の上に

霊元天皇筆の「華頂山」の

黄金色の文字が輝いていた。

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「三門」を

額縁に見立てて見る

桜の姿が美しい。

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陽射しが強いので

「三門」を一廻りすると

汗ばむほどだった。

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石段を上がり

先ずは

「納骨堂」に持参の花と

線香をあげお参りをした。

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「泰平亭」横の

「染井吉野」も見頃。

吹く風に花吹雪が舞った。

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「多宝塔」前の桜には

外国人観光客が写真を撮っていた。

外国人観光客の

好む背景だ。

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平成大修理中の国宝「御影堂」は

2月に始まった仮設大屋根の

撤去作業が進んでいた。

概ね4割程度の進捗状況だ。

両側から交互に撤去している。

加重のバランスを取るためだろう。

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お参りの後

「大鐘楼」から

坂道を下り「丸山公園」に向かうと

途中の井雪(料理旅館)の桜も美しかった。

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公園内の

「祇園枝垂桜」は

既に花吹雪が舞っていた。

良い時期は逃したが

姿が良いので見応えがあった。

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公園内は

内外の花見客で賑わっていたが

中国語、韓国語が目立って多い。

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やたら騒ぎたて

堪能するまで場所を占拠し

桜の枝を引張りながら写真を撮る中国人等と

情緒を楽しむ先進国の人達の違いが面白い。

途上国と先進国の

モラルの違いが明確だ。

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まだ遅咲きの桜もあるが

概ね見頃のピークは過ぎたようだ。

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さて。

今日から四月。

健康のため始めた散歩も一年が経過した。

最近は下り階段でも足が痛くなくなった。

こんな散歩でも効果はあるものだ

今年度も続けようと思った。

 

 Photo : Lumix TX1

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平野神社の桜。2018初春(京都)

今日の散歩。

私の散歩道の途中に

「平野神社」がある。

梅の「北野天満宮」を通り抜け

北門を出ると桜の「平野神社」だ。

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鳥居前の桜は

散り始めた木もあるが

ほぼ全ての桜が満開だ。

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楼門前の桜「魁」は

先週寄ったときは満開だったが

今日は花吹雪が舞っていた。

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境内の桜が

見頃ということで

内外の花見客が多い。

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「平野神社」の桜は

平安時代より植樹され

現在では約60種400本あるという。

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平安時代の貴族たちは

この境内で桜を楽しんだのだろう。、

江戸時代になると

庶民にも夜桜が開放され

「平野の夜桜」は都を代表する

花見の名所となったそうだ。

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遅咲きの桜もあるので

長い期間様々な種の桜を

愛でることができるだろう。

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先ずは

行列に並び

「本殿」に参拝した。

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境内の「桜苑」も

殆どの桜が満開だった。

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苑内には

多くの人達が

花見を楽しんでいた。

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青空に

白とピンクの

グラデーションも美しかった。

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見る位置により

いろんな景色が楽しめる。

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苑内には

二十軒ほどの花見茶店があるが

殆どが満席だった。

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全て桜だ。

これだけの数の桜が咲くと圧巻だ。

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夜間は

ライトアップされるので

時間があったら夜桜見物に来たいと思った。

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一面がピンクに染まる

花吹雪も圧巻だろう。

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まだ遅咲きの

珍種の桜があるので

来週また見に来たいと思う。

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今朝は少し寒く

上着を着てきたが

昼には陽射しが強く

上着が邪魔になった。

明日は

「知恩院」界隈に

でかけたいと思う。

 

 Photo : Lumix TX1

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千本釈迦堂の阿亀桜。2018 初春(京都)

今日の散歩。

私の散歩道のひとつに

「千本釈迦堂」(大報恩寺)がある。

「上七軒交差点」から参道を進むと

「山門」と国宝「本堂」の屋根が見えてくる。

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「山門」前の桜は

ちょうど満開で見頃だった。

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国宝「本堂」前に

大きな「枝垂れ桜」がある。

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この大きな「枝垂れ桜」が

「阿亀桜」(おかめざくら)と呼ばれる桜だ。

姿の良い美しい桜だ。

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「阿亀桜」の咲く季節には

国宝の「本堂」も主役の座を譲る。

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「阿亀桜」の名は

「千本釈迦堂」建立時の

大工の棟梁(長井飛騨守高次)の妻

「阿亀」(おかめ)を偲びその名が付けられたそうだ。

 大報恩寺(千本釈迦堂)に参拝。2017 初秋(京都)

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境内に祀られた「阿亀さん」が

嬉しげに「阿亀桜」を眺めていた。

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今年は既に「花吹雪」が舞い始めていたが

それでも「阿亀桜」の美しい姿を

見られて良かったと思った。

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この後

「北野天満宮」で一休みし

桜の「平野神社」へ向かった。

 

 Photo : Lumix TX1

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